ブリッジ

ブリッジ

新大橋|元禄から続く由緒正しい“江戸”な橋(中央区&江東区-隅田川)

隅田川に堂々とかかる新大橋(しんおおはし)です。新大橋という名前の橋が最初に架橋されたのは、なんと元禄6年(1693)。幾度となく災禍に見舞われ架け替えられてはいるものの、300年以上もの歴史を宿す東京を代表する名橋。歌川広重による「大はしあたけの夕立」も有名ですね。
ブリッジ

千歳橋/堅川にひっそりと架かる”ちとせはし”(墨田区-堅川)

墨田区を流れる堅川にかかる千歳橋(ちとせはし)です。かつて隅田川からの順番で一之橋、二之橋と呼ばれていた堅川にかかる橋ですが、現在かかっている橋を数えると千歳橋は3番目。千歳橋のすぐ東に架かっているのが二之橋です。江戸時代にはなかったということですね。
ブリッジ

塩原橋/本所に過ぎたる炭屋塩原がその名の由来(墨田区-堅川)

“本所には過ぎたるものが二つあり、津軽屋敷に炭屋塩原”と謡われた、塩原太助(しおばらたすけ)が塩原橋(しおばらばし)の由来です。歌舞伎や落語の題材としても有名な塩原太助の炭屋は、この橋のすぐ北側にあったようですよ。
PR
ブリッジ

一之橋/隅田川から一つ目だから一之橋(墨田区-堅川)

墨田区と中川を東西につなぐ堅川(たてかわ)に架かり、隅田加賀から数えて一番目の橋、それが一之橋(いちのはし)です。長谷川平蔵が活躍する池波正太郎の人気時代小説「鬼平犯科帳」にも、“一ツ目橋”としてその名が確認できます。
ブリッジ

石島橋/散りばめられた松のモチーフが印象的な青い橋(江東区-大横川)

深川一の繁華街、門前仲町の南を横断する大横川(おおよこがわ)にかかる石島橋(いしじまばし)です。桜の時期は川岸600本のソメイヨシノの盛観を愛でに多くの人でにぎわいますが、普段はとても穏やかな雰囲気で、親柱の青がひと際目立っています。橋のそこかしこにはなぜか松のモチーフが。
ブリッジ

巴橋/富岡八幡宮の紋所が名前の由来(江東区-大横川)

門前仲町の繁華街のすぐ南、街に寄り添うように流れる大横川にかかる巴橋(ともえばし)です。巴という名前も、門前仲町の中心・富岡八幡宮の紋所である三つ巴から取られてます。見た目はとても地味なガーター橋ですが、春には桜にまみれ、多くの花見客でにぎわう中心として華やぎをみせます。
ブリッジ

平久橋/傍らにある波除碑に江戸の災害に想いをはせる(江東区-平久川)

平久川にかかる平久橋(へいきゅうばし)の紹介です。橋の西詰には、東京都指定有形文化財である波除碑、そして津波警告の碑が立っています。この平久橋があったあたりは、江戸時代のちょうど海岸線。かつて水害に苦しめられた付近の歴史を宿す、重要な橋です。ポニートラスという珍しい構造にも注目です。
ブリッジ

汐見橋/門前仲町と木場結ぶ段ズレ!?橋(江東区-平久川)

江東区を代表する人気エリアである門前仲町の東端にあり、そのさらに東の木場へと永代通りを渡しているのが汐見橋(しおみばし)。一見なんの変哲もない橋なのですが、よく見ると少しおかしなところに気が付きます。橋の始まりと終わりが、橋の南北でちょうど半分ズレているんです。写真で解説します。
ブリッジ

鶴歩橋/ロマンチックな名前の由来は旧町名(江東区-平久川)

鶴が歩く橋とかいて、鶴歩橋(かくほばし)。なんだかロマンチックで優美なイメージですが、橋自体はしっかりとした頑丈そうなトラス橋。名前の由来はこの橋の北東エリアの旧町名だそうです。江東区内でよく見るタイプの、しっかりとしたつくりの町橋です。
ブリッジ

木場橋/立派な名前ながらも恵まれないロケーション(江東区-木場親水公園)

木場親水公園を渡すために架けられている木場橋(きばはし)。江東区を代表する地名、そして地域を代表する“木場”という名称を冠してはいるものの、いろいろと、いかにも物足りないトラス橋。もしかしたら、各所お見合いして「あれ?もしかして橋名としては使われていない?」なんて感じでつけられたのかもしれませんね。失礼ながら。
PR