二之橋/今となっては、隅田川から二つ目じゃない二之橋(墨田区-堅川)

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墨田川と中川を東西につなぐ堅川(たてかわ)に架かる二之橋(にのはし)。そのなが示す通り、かつては隅田川から数えて二つ目の橋でした。上を通るのは清澄通り。北へ行くと両国・吾妻橋、南へ行くと森下・清澄白河・門前仲町・月島と、江戸&トーキョーの名所をつなぐ大動脈にかかる、重要な橋と言えるでしょう。

 

 

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二之橋の歴史

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現在の橋が架けられたのは2002年だということですが、古くは江戸時代からその名は知られています。火付盗賊改・長谷川平蔵が活躍する池波正太郎の人気時代小説「鬼平犯科帳」には、二つ目橋(ふたつめばし)と言う名前でたびたび登場します。

現在の二之橋脇にたっている立看板(鬼平情景)にもある通り、物語の中で鬼平が通った軍鶏なべ屋「五鉄」は、“二つ目橋の角地で南側は堅川”というロケーションにあったということです。

軍鶏なべ屋「五鉄」

 

今は

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現在、かつて「五鉄」があったであろう場所あたりにあるのは、「中田屋茶舗」というお茶屋さんですが、こちらもかなりの老舗。創業は江戸自体の安政元年(1854)。ペリー来航に端を発する、日米和親条約が締結された歴史的な年ですね。創業者は、日本橋の老舗茶舗である「山本山」で修業をしたのち、この地で独立を果たしたということです(正確には最初はこのご近所で開店、その後移転してきた模様)。

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近くには小林一茶も住んでいた

小林一茶立て看板

この地はかつて、本所相生町(ほんじょあいおいちょう)と呼ばれていました。その地に小林一茶(こばやしいっさ)が越してきたのは、文化元年(1804)のこと。

寝始まる其夜を竹の時雨哉

これは、一茶の新居に家財道具が運び込まれた日に詠まれた一句。当時は付近が竹林だったのかもしれませんね。

二之橋からの風景

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二之橋上から東側を望む

二之橋から東側の眺めです。堅川上はずっと首都高速7号小松川線が走っているため上空の抜け感はありませんが、運河特有の直線的でダイナミックな景観が見事です。高架も高いため、窮屈な印象はありません。遠くに見える隣橋は、西堅川橋です。

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二之橋上から西側を望む

西側も東側の眺めほぼ同様ですが、両岸の建物がより高く、トンネル感がありますね。隣橋は千歳橋(ちとせばし)です。

かつては隅田川から数えて二つ目だった二之橋ですが、現在は一之橋→塩原橋→千歳橋→二之橋と、4番目の橋になっています。

 

二之橋付近の風景

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二之橋の上から南側の眺めです。

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こちらもお同じく南側の眺めですが、清澄通りの中央から見渡すと、運河にひけをとらない直線的でダイナミックな景観ですね。清澄通りをまっすぐ進むと月島~勝どきにたどりつくわけですが、正面はるか遠方にみえるのは豊洲の高層ビルです。清澄通りは、清澄白河あたりでくくっと西側に屈折しているのがその理由です。

 

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こちらは北側です。ギリギリですが、総武緩行線が走るJRの高架が見えますね。高架のすぐ西にJR両国駅、真下が都営大江戸線両国駅です。

おしまい

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景色 ★★★

容姿 ★

価値 ★★★

由緒正しいだけでなく、現在でもとても重要な役割を果たしている二之橋。車で走っているとあまり意識されることはない橋ですが、周囲には名所旧跡が多く点在する見どころ豊富な名橋です。個人的には、この橋から南側に入ると深川エリアがはじまる感じがあって、ある種の境界のように感じています。

行き方(アクセス):JR両国駅から徒歩8分ほど、都営大江戸瀬・新宿線森下駅から徒歩6分 ほど

 

【プロフィール】
はいかいちゃん

30代後半、東京のどちらかと言えば東側で暮らしている美人姉妹の父。それなりに多忙な仕事と育児の合間を縫って、せっせと街や川辺や密林をはいかいしています。好きなモノやコトは、歩く、食べる、酒、旅、買いもの、本、写真、春秋、建物、007、自宅、妻子

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